大判例

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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1194号 判決 1970年10月30日

控訴人

橋口新太郎

代理人

山本良一

他二名

被控訴人

徳舛健次郎

代理人

宮永基明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の付加訂正)

(一)  原判決二枚目表七、八行目「残額を免除した。」の次に「前記のとおり重畳的債務引受とすれば、訴外会社と被控訴人は連帯債務関係に立ち、控訴人が右会社に対して残債務を免除したことにより、被控訴人の債務も消滅した。」を加える。

(二)  <省略>

(控訴人の主張)

(一)  仮に被控訴人が、訴外会社の控訴人に対する売掛代金債務について重畳的債務引受をしたとしても、債務引受人である被控訴人と原債務者たる訴外会社との関係は不真正連帯債務とみるべきである。したがつて、仮に控訴人が訴外会社に対して売掛代金債務の残額を免除したとしても、その効力は訴外会社と控訴人間に生ずるにとどまり、被控訴人には免除の効力が及ばない。

(二)、(三)<省略>

(被控訴人の答弁)

控訴人の右主張はいずれも争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一被控訴人所有にかかる本件不動産について、控訴人を債権者、被控訴人を債務者とする同目録第二記載のような根抵当権設定登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二そこで、右登記の登記原因とされている当事者間の本件根抵当権設定契約の成否につき考えるに、<証拠略>を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(イ)  控訴人は昭和二九年頃から訴外会社と木材取引をなし、昭和三二年一〇月頃すでに弁済期の到来した総額約三五〇万円の売掛代金債権を有していた。

(ロ)  訴外会社が倒産を免れがたい状況にあつた同年一〇月一〇日頃、訴外会社の代表取締役である被控訴人が控訴人宅を訪れて「訴外会社は近日倒産して整理しなければならないことになつたが、訴外会社とは別に、長男の徳舛弘昭に木材業を引続きやらせたいので、今後とも取引を継続し同人を援助してもらいたい。ついては訴外会社の負担する債務は自分が引受けて支払うし、右引受債務および今後の取引から生ずる債務を担保するため本件不動産に根抵当権を設定するから」と申入れた。控訴人は右申出を了承し、同月一六日被控訴人との間に、債権元本極度額を三五〇万円とする期間の定めのない本件根抵当権設定契約を締結した。

以上の認定にそわない<証拠略>は、前掲各証拠と対比して信用しがたく、その他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

そうだとすると、同年一〇月一六日控訴人と被控訴人間において、被控訴人が訴外会社の債務を引受け、(以下本件引受債務という)右引受債務および訴外徳舛弘昭が将来控訴人と取引することによつて生ずべき債務を担保するため、本件不動産に債権元本極度額を三五〇万円とする根抵当権設定契約が締結されたことは明らかである。

右債務引受契約、根抵当権設定契約の成立を否定する被控訴人の一次的主張および本件根抵当の被担保債権が損害担保契約に基き、または債務者交替による更改契約に基く債権であるとの控訴人の仮定的主張は、以上認定の事実関係に照していずれも採用できない。

三次に本件債務引受が重畳的債務引受かどうかが争われているので考えるに、前認定のとおり債務引受人である被控訴人が原債務者たる訴外会社の代表取締役であること、訴外会社は当時倒産必至の状態にあつたが、当審証人近藤雅睦の証言によると、なお債権額の一割程度は回収の余地が見込まれていたこと、事実後記のとおり、訴外会社は倒産後の私的整理において会社債権者に対し債権額の一割相当を支払い、控訴人も債権者としてこれを受領していることに徴すると、本件債務引受は原債務者たる訴外会社を免責させる趣旨ではなく、債権担保の効力を強他するための重畳的債務引受と解するのが相当である。これを免責的債務引受であるかのごとく供述する<証拠略>の各陳述部分はたやすく信用できない。

しかして、重畳的債務引受とみるからには、特段の事情の認められない本件にあつては、原債務者である訴外会社と債務引受人たる被控訴人は連帯債務関係にあるものというべきである(最高裁昭和四一年一二月二〇日判決参照。)。

四被控訴人は、連帯債務関係にある訴外会社が控訴人より債務の免除を得たから、被控訴人の債務にも免除の効力が及んで消滅したと主張する。民法四三七条は、債権者が債務者のひとりに対して債務を免除したときは、その債務者の負担部分に限り他の債務者も債務を免れる旨定めているが、債権者は連帯債務者の負担部分を必ずしも知りえないのであるから、右法条を適用することは、ときに債権者の意思に反し、債権者の地位を不当に弱める結果を招くことがあるのであつて、右不合理を避けるためにも、少くとも関係当事者間に右法条と異る合意があればその適用を排除できると解するのが相当である。

<証拠略>を綜合すると、本件根抵当権設定契約成立後間もなく訴外会社は不渡手形を出して倒産し私的整理に入つたこと、昭和三二年一〇月二八日訴外会社の債権者総会が開かれ、各債権者は訴外会社から債権額の一割相当金の支払を受けて残額の支払を免除する旨の決議がなされたが、控訴人も右決議を承認し、訴外会社より昭和三三年六月までに合計三五三、三七八円の支払を受けたこと、被控訴人は右債権者総会に先だつて控訴人に対し、訴外会社より債権額の一割を受領して自己の引受債務を受領額だけ減じてくれるよう依頼し、控訴人も残額(債権額の九割)は被控訴人に対して請求する意思のもとに、訴外会社に対する関係に限つてその債務額の九割を免除したことがそれぞれ認められるのであつて(控訴人が、被控訴人の引受債務担保のため被控訴人所有不動産に根抵当権まで設定しておきながら、僅か債権額の一割の満足を得た程度でもつて、右根抵当権を無にするような債務免除をするとは考えられない。以上の認定にそわない原審における被控訴人本人尋問の結果部分は前掲各証拠に照して措信できず、その他に右認定を左右する証拠はない)、これらの事実によると、原債務者たる訴外会社の代表取締役であり且つ債務引受人でもある被控訴人と債権者たる控訴人間において、控訴人は訴外会社から債権額の一割の弁済を受けることによつて訴外会社に対する関係では残余の債務を免除するが、被控訴人に対しては引受債務の九割相当額の請求権を留保する旨の合意があつたと認みることができる。

しからば前説示にしたがい、被控訴人の引受債務は、控訴人が訴外会社に対してなした債務の一部免除の効力を受けることなく、当時その九割相当額の範囲でなお存続していたものというべきであつて、免除により本件引受債務が消滅したとの被控訴人の主張は理由がない。

五そこですすんで被控訴人の消滅時効の主張について判断するに、昭和三二年一〇月一六日の債務引受契約成立当時、すでに本件引受債務の弁済期が到来していたことは前認定のとおりであり、右引受債務が商事債務であることも明白である。そうだとすると、債務引受契約成立後五年内に適法な時効中断方法をとらない限り引受債務は時効により消滅すべきところ、控訴人は、被控訴人がその後毎年五、六回右債務を承認していた旨、主張し、<証拠略>はいずれも右主張にそう供述をしているが、<証拠略>によると、昭和三五年九月一九日控訴人代理人より被控訴人に対し書面をもつて債務の支払を催告したのに対し、同年九月二三日被控訴人代理人より、残債務は免除を受けたから支払に応じられない旨書面で回答した事実が認められ、右事実並びに原審における被控訴人本人尋問の結果に徴するときは、被控訴人が債務を承認したとの前記証言はたやすく肯認しがたい。<証拠判断略>その他に時効中断を認めるに足る的確な証拠はない。そうだとすると、本件引受債務は昭和三七年一〇月一六日時効により消滅したものといわざるをえない。

六すでに認定したごとく、本件根抵当権の目的は被控訴人の本件引受債務および訴外徳舛弘昭が控訴人と取引することによつて生ずべき債務を担保することにあるが、引受はすでに時効により消滅し、また<証拠略>によると、訴外会社倒産後は控訴人と被控訴人ないし訴外徳舛弘昭との間に何らの取引がなされておらず、今後とも取引がなされる見込がないことが認められる。期間の定めのない根抵当権であつても、このように担保される債権が存在せず、将来とも債権発生の余地がないと認められる場合には、根抵当権設定者は任意に根抵当権の基本契約を告知できると解されるところ、被控訴人代理人が昭和四〇月四月二〇日の本件原審口頭弁論期日において、控訴代理人に対し本件根抵当権の基本契約の解約告知をする旨記載した準備書面を陳述したことが記録上明らかであるから、本件根抵当権はこれにより消滅したというべきである。

しからば、控訴人は被控訴人に対し本件根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべき債務があり、理由は異にするが被控訴人の請求を認容した原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。(加藤孝之 今富滋 藤野岩雄)

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